Life in Cambodia Part 4: あけましておめでとうございます2016

正月感が全くないカンボジアですが、あけましておめでとうございます。

最近ではカンボジア人に間違われるようになってきました。

インドにいればインド人と思われ、バリにいればバリニーズに間違われ、行く先々で現地人だと思われるので、人間カメレオンといったところでしょうか。w

今年のスタートは比較的スローで、しかも一ヶ月半ほどお世話になってた友達の家から、出ないといけなくなり、それが一日前に発覚したり、若干ドタバタな感じがありましたが、今バイト先で一緒の日本人の女の子に助けられ、快適なお部屋に引っ越しました!お湯シャワーがあるー! 以前のお家は、カンボジア調のお家だったので、水シャワーでした。 暑いので、慣れてしまって特に問題はなかったけど、お湯シャワーやっぱ最高ですね。

今は、日本人が経営しているバーとそのほかに2つ仕事を掛け持ちしています。そんなカンボジアでの生活も残り少なくなってきました。プノンペンには、もし仕事がなければそもそも2ヶ月もいなかったかもなーと最近ふと思いながらも自分のペースで楽しんでます。

 

さて、昨日のバーでの出来事ですが、ティダというカンボジア人の近くでヘアーサロンを経営している女性がきて、日本酒を飲みながら彼女が日本では考えられないような話を私にしてくれました。

14歳で両親から家を追い出され、ストリートチルドレンとなり、ほかのストリートチルドレンたちと暮らしながら、生きるために蛇や、ゴキブリ、ネズミを食べ生活していたそうです。お腹壊さないの?!って聞いたら、カンボジア人だから全然大丈夫よと笑って返事をした彼女。ネズミの首をちょん切って、毛をはがして内臓を取って食べていたそうです。一ヶ月何も食べない時があったり。。 16歳の時に、20歳年上の日本人男性に拾われ、17歳で日本に渡り、勉強し、その男性家族と茨城に暮らしながら六本木のレストランとバーで仕事を掛け持ちし、働いていたそうです。昼からレストランで皿洗い、掃除、夜中から始発までバーで掃除。年齢が年齢のため、表で働くことは禁じられ、裏で仕事をしていたそう。 

彼女は、今から話すことで私のこと悪く思わないでね約束してくれる?と聞いてきたので、もちろんだよ。と、何を話すのか想像もつかないまま私は返事をしました。 その男性家族は、4年間の間、彼女に、2日以上たったご飯しかを与えていなかったらしく、今でも普通のご飯が食べられないそうです。ほぼ腐っているものか、その寸前のご飯しか食べられないそう。途中から涙を流しながらそんな過去の話をしてくれた彼女は、数時間前にあった時にはそんな人生のストーリーがあったなんで想像できないほど明るくて、気さくで可愛らしい女性でした。カンボジアの田舎から出てきた彼女にとって15年前の日本は、自分の故郷とは雲泥の差の発達した日本に驚いたにちがいない。でも東京には、彼女が生まれ育ったカンボジアのような太陽の輝きや、鳥のさえずりはなく、カンボジアでストリートで暮らしていたけれど、そんな故郷の暮らしが恋しかったそう。しかも当時21歳だった彼女は、もっと若い旦那が欲しい!と思い、その男性と別れカンボジアに帰ってきた。と笑いながら話をしてくれました。彼女の経験した4年間の日本での生活は、鳥かごの鳥のようだったと。そんな想像を絶する生活を日本で経験したにも関わらず、彼女は日本人が大好きと話してくれました。カンボジアでの友達も日本人も多いし、欧米人の友達も多く、インターナショナルな彼女。

 

彼女は現在32歳。カンボジア、プノンペンにある日経のお店が立ち並ぶ絆ストリートという場所でヘアーサロンを経営し、日本のNGO団体にサポートされながら、カンボジアの女性に、美容師の技術を教えるボランティア活動をしています。日本で、4年間仕事をし、21歳でカンボジアに戻ってきた彼女は、貯めたお金で、5階建ての建物を購入し、一階を自分のお店、その上は貸し出ししているそうです。日本語も、英語も喋れるし、とてもスマートな女性。 エアコンや、お湯シャワーがある生活、エレベーターエスカレーター全てが整った生活も好きだけど、カンボジアでのストリートの生活から這い上がった彼女はやはりそんな故郷との切っても切れない、悲しいカンボジアの歴史がありながらも、自分がどこからきたのか忘れてはいけないと話していました。カンボジアの田舎では、親が自分の子供を売って生活を立てることが当たり前の状況。欧米人が5000$などという値段で買っていくそうです。それを避けるために、美容の技術をカンボジアの若い女性たちに教えている彼女。日本で生まれ育った私にとっては全く理解できないことですが、これがこの国の現実。それが道徳的にいいか悪いかは関係なく、自分が歳をとって、楽をするために子供を高額で売買する親。 一ヶ月の給料が100$というこの国、5000$がどういう金額かは想像できるでしょう。

全く想像もしなかったような話を聞き、日本で生まれ育った私には非現実的すぎる彼女の経験、また腐ったご飯を与えていた日本人の行為にショックを受けしばらく呆然としていた私。。それから30分後彼女は日本酒3杯のおかげで、泥酔して椅子で寝てしまいました。w 

出会う人の数だけ、その裏にある人生のストーリー。今年も、どんな出会いがあるのか楽しみ!

 


Happy New Year from Cambodia! doesn't feel like it is new year at all here. haha 

Lately, I am often mistaken as Khmer (local cambodian). Anywhere I go, I am mistaken as local. I feel like i am a chameleon.

I am currently working 3 jobs. at night, I work at a bar which Japanese owns. It's pretty fun working here.

Last night, at the bar I was told an extraordinary story from this Cambodian lady who runs a hair salon two doors down from the bar I work at. 

She looked into my eyes and started telling me her story at her younger age.

 

She got kicked out from the house at the age of 14th, started a street life. Picking up food from the garbage of local market to survive. Her friends from the streets taught her how to eat snakes, cockroaches and rats. Chop the heads of rats and rip the skin, remove the intestines and eat. Everything to survive. She earned the skill to live on the streets. 

When she was 16, she met a japanese guy who is 20 years older than her, he took her to Japan when she was 17, and gave her life there. She lived in Japan for 4 years until she went back to Cambodia at the age of 21. She worked double shifts, doing the dishes at a restaurant during the day and clean at a bar during the night in Roppongi until the first train to go back to Ibaraki, where she resides with her husband (the Japanese guy who found her on the street) and his family. The surprising and shocking thing she has told me is that she cannot eat fresh cooked food. That is because she was fed leftover food 2 days ago by her mother in law. As she was telling me the very shocking story tears were rolling down on her cheek. I was very shocked and didnt know what to say.  She came back to Cambodia and bought a 5 floor building which she has her beauty salon on the first floor now. Despite her very shocking experience in Japan, She told me she loves japanese people but nothing make herself feel home except the strong sun in Cambodia and birds chapping sounds on the streets of Cambodia. 

In country sides of cambodia, It is very common thing for parents to sell their children to western guys for about 5000$. The minimum wage for local people who works on the streets is about 100$. So you can imagine what 5000$ worth for the people here. It is unbelievable fact. She runs a beauty salon and it is supported by Japanese NGO association. She passes along her skills to the young girls in Cambodia to prevent the kids to be sold to western guys. 

She is now 32 years old. She told me she likes AC, elevator, escalator, and hot shower all the western cultures too but She can never forget where she is coming from. Cambodia only makes her feel its home. Nothing can replace that. 

It was pretty hard to imagine what she has been through from her bright and lovely smile. 

 

Million people has millions stories tell. I am stoked for what 2016 brings in! 

 

my journey to be continued..