Your life is Yours. 旅を終えて思うこと。

昨晩日本に帰ってきました。 一言。 さぶい!!!!

10/9に日本を出てからなんと5ヶ月弱がたちました。正確にいうと140日。

インド、タイ、カンボジア、マレーシアと旅して、最後は予想もしてなかった私の大好きな国インドネシアに去年の5月以来9ヶ月後に戻ってくることになり最後は一日中サーフィンをして、体がバッキバキになるまでやりきった。

 

今回の旅は全く予定未定の行き当たりバッタリ旅。

 

お金を途中で稼ぎながら、一人で5ヶ月もよく頑張ったなと。お疲れ様と自分に言いたい。本当に色々ありすぎて、今思い出せること全て書きだしても忘れてることがあると思う。早く、フィルムで撮った写真を現像してこの旅を振り返りたいなー。

 

海外にいて日本で自分がtake careできなかったことの世話をしてくれた家族に感謝。かなり迷惑をかけました。毎度だけど。

そしてこの旅の全ての出会いと別れ、出来事に感謝。

こんなにも自分の行動範囲を広げてくれた英語、ちょっとした他言語の知識、自分の行動力や可能性に逆にびっくりする旅になりました。

 

それにしても仕事や、観光で海外にいる日本人は見たけど、’旅’をしているほとんど日本人には会わなかったなー。

 

友達がシェアしていたFBのビデオで、迷惑をかけないようにと育てられる環境が、日本人の個性や、行動力にかなり影響があると言っていた。

それは確かに一理あるかもしれないけど、ぶっちゃけ自分もそういう日本文化、社会の中で育ってきた。でもこうやって、社会的常識に逆らった生き方をしている。

こうしないといけない、こうでないといけないという社会的プレッッシャーや、どっから始まったのかもわからない社会的理想なんて糞食らえとに真っ向から反抗して生きてきたと思う。小さい時は親の言うことも全然聞かなかったし。w

ただ親が日本でいう常識はずれの変な親だったかというとそんなことは全くない。逆に極めて厳しい、こうしないとダメ!という環境で育てられた。 何しても怒らない親ではなく、言われたことを守らないと怒られるし、部屋を片付けないと部屋の荷物を全部廊下に放り出されたり、散々喧嘩して家を追い出されそうになったり。どちらかというと、友達の親より全然厳しい家庭で育ったと思う。それが功を奏したのかはわからないけど、それが逆に自分にとってのモチベーションになっていた。

だから、育った環境だとか、文化とか社会的プレッッシャーはその人がどう人生を歩むかはぶっちゃけ思ってるほど、あんまり関係ないと思う。

やる人はどんな状況でもやるから。

周りのせいとか、親とかそういうことを理由に あーこれができない、あれができないとは言わずにやる。

やるか、やらないかしかない。

やったもん勝ち。

今回の旅に関しても、旅に出ない理由なんていくらでもあった。お金貯まってないからいけないとか、仕事で1ヶ月以上休みとれないからとか。思いつけばいくらでも。

でも私にとっては直感であの”今"しかなかった。あの時しかなかった。 仕事も辞めてお金も10万以下しかなくて、銀行にだってお金なんてほとんどなくて、どうなることやら不安だらけだった。

でもそんな不安より、自分に何ができるのかどんな困難が待ち受けているのか、どんな状況にぶち当たって、自分がそれでも乗り越えてやりきれるのかっていうほうがワクワクして、楽しみだった。

 

確かにラッキーかもしれない。こういう性格に産まれて。自分に産まれてよかったと思う。自分の歩む人生が心から最高と思える。

 

前にも書いたと思うけど、いいねー旅してとか、海外いってすごいとかよく言われる。でも何もすごくないw 自分がやりたいことを好き勝手に周りに迷惑かけてやっているだけ。

でも、自分は、みゆとは違うからそういうのできないし。。。とかこのブログを読みながら思ってる人いるんじゃないかな? そんなに若くないしとか。そんなの本当に全く関係ない!

私と同じやり方なんてする必要ないし、自分なりにできることをやって、少しずつ一歩進めばいい。そして、まだ若いしとかもうこんな年だしとか関係ない。

いつどこで死んでもおかしくないこの時代と世の中。実際自分の身内や友達がいきなりいなくなったり、そういう経験をしている。そういう経験が、型にはまらずにやりたいことをやらないでどうする!?

といったモチベーションになっている。

 

自分を殺して会社や、誰かのために生きる。別に悪いことじゃない。それはその人の人生だから。それで満足して、幸せなら全然いいと思う。

でも、今まで誰一人としてそれで満足して幸せに生きている人に会ったことがない。どっかしらで不平不満がたらたら。 だったらやめればいいのにと思う。文句言ってまでやる価値があるのか? 

やりたいことを一つみつけてとことん全力で頑張りなさい?そんなことを小学校で言われた気がする。誰がやりたいことは一つだけじゃなきゃだめって決めたんだろうか? 一芸に特化してることがそんなに一芸に特化してない人よりすごいのか?プロなんチャラとか、社長とか、かっこいい肩書きがあることがそんなにすごいのか? 社会で一般的に”すごい”とか思われてること全てに疑問を投げかける。そして自分の経験を通してそれが本当なのか確かめる。

迷惑かけないようにと育てられる日本の教育環境より、一芸特化に優越感を与える教育環境の方が問題ありなきがする。自分の可能性にリミットを決める必要なんてないし、そんな権利は誰にもない。

私が海外に行ってるからすごいとか英語が喋れるからすごいってわけじゃない。というか自分がすごいとも思ってない。

ただ自信だけはある。なぜなら、自分がずっと海外に行きたいと思って過ごした中学時代から 海外で絶対必須な英語を独学で習得したことと、 そのおかげで行動範囲広がり視野も広くなっていろんな人や文化に出会うチャンスになったこと。

 giliで出会った私の初めてのヨガの生徒、mireyaはny在住のフォトグラファー。共通の友達がいてびっくり。the world is small.

giliで出会った私の初めてのヨガの生徒、mireyaはny在住のフォトグラファー。共通の友達がいてびっくり。the world is small.

勘違いしないでほしい。海外にいる人がすごいとは思わないし 海外住んでたりいろんなとこ行ってるからといって自分がすごいとも思わない。英語が喋れるからといってすごいわけでもない。 よく勘違いされがちな部分だけど。

肝心なのはそこではなくて 自分がやりたいことをどこまで 周りになにを言われても周りがなにを思っても気にせずにやり続けられるか という部分。例えば47都道府県全部制覇するという目標があって英語も全く喋れないけど 目標達成に向けて行動している人がいたら私は、その人を尊敬する。その人にとっては英語はやりたいことに対して必要ではない。だから英語がしゃべれるからすごいとかそんなことはどうでもいいのである。 英語はただのツールである。

ただ1つ言えるのは 例えば東南アジアで仕事で仕事していて、英語もほぼしゃべらず 海外に住みながら 「英語喋れるやつって偉そうだよな。」ということを言っている人たち。 実際にカンボジアでこういう日本人に出会った。 人のこと偉そうだよなっていって自分に引け目を感じて妬んでいるなら 英語勉強してみればいいじゃんと思う。行動の前に相手のことをディスるのは残念だと思う。しかも海外在住歴は私よりはるかに長い。海外にいるからといって必ずしも視野が広がる、考え方が変わるわけではない。全ては自分次第。海外にいても日本の考えのまま保守的でいれば何も吸収されない。海外に何年住んでても日本人とばかりつるんで現地の言語を喋らずに生活なんてすごく簡単にできる。実際自分もカンボジアに2ヶ月いたけど 最初の1ヶ月は喋ろうとしていなかったのでクメール語は全くわからなかった。カンボジアに1ヶ月もいて、通常なら現地の言葉をすぐ覚える私にとって1ヶ月後でもほぼ喋れない自分にビックリした。でも喋ろうとしていなかった自分がいたので当たり前だ。脳が完全にシャットダウンしていたのだ。全ては自分の行動次第なのだ。

人生の先輩である Rip Zingerも 自分の信念を持ち続けて継続している。 私より10歳以上年上ででも常に挑戦し続けている。

彼がジェリーロペスや  ロブマチャドといった有名なレジェンド的サーファーと友達だからすごいんではなくて、今の私の年くらいの時から 日本と海外を行ったり来たりしながらやりたいことを10年以上やり続けていることが"すごい"のだ。

しかもカナヅチで泳げないのに サーフィンを初めて、初めて一年ほどで去年初めていったバリ、いきなりウルワツでロブマチャドとサーフィンするという。。 彼の行動力と常に自分の限界に挑戦する姿勢からはたくさんのことをいつも学ぶ。 

カンボジアで お金が本当にギリギリで、インドネシアでのヨガを教えることに半分決まっていたけど金銭的にどうなるのか全く予想がつかなくて、これはもう日本に帰ったほうがいいんじゃないかという考えがよぎった時に彼に相談した。 

お金は後からどうにかなる。今はお金じゃなくて 経験だよ。 人生崖っぷちにいるときこそそこから自分に何ができるか自分のリソースと今までの経験から脳みそを絞ってやってみなよ! 

という言葉をくれた。 確かに。

ヨガの仕事に応募するのに、何時間もかけて友達に助けを借りながら英語で履歴書を書いたりカバーレターを書いたりしたんだ。ここで諦めて帰るわけにはいかない。と思い直して自分の限界に挑戦してみることにした。また、Ripの友人でもあるyoga jayaを始めたカナダ人のパトリックにも全く同じことを言われた。今はお金じゃない。今しかできない経験をするべきだ。まだまだ若いんだし 家族がいるわけでもない 。お金がなくても死にはしないからとことんやってみなよ! やれば新しい道が見えるかもしれないよ。 

と。

2人の尊敬する人生の先輩の言葉に助けられ 自分がなんで日本を出てきたのか再確認して今回の旅を続けることができた。

そして帰国した今、本当にあそこで諦めずに海外にとどまってよかったと思う。 もしあの時帰っていたら今ある出会いは全くなかったし、この経験は手に入れられなかった。

人生は短い。自分が産まれた限りは、まず自分を幸せにしないと、周りに貢献なんて出切るわけがない。これはニューヨークにいって気づいたこと。全然ハッピーじゃないのに、どうやって自分のダンスで人を感動させたり、幸せにできるだろうか? 私にはそれは単なる自分の上部だけ良く見せてる風にしか思えなくて、自分が幸せじゃないことに気づいて悔しかった。自分が嫌いだった。

そんなわけで2013年にニューヨークから戻ってきてから、自分を幸せにするって決めた。それからもうすぐ3年が経つ。 

貯金も今はないし、仕事もない。w でもすっごく幸せ。最高! やっと自分を幸せにする方法がわかってきたみたいだ。

3年前、ダンサーという夢から解放されて、何かとことん好きなことを見つけようとしていた自分。3年たっても見つからない。逆にやりたいことが増えるばっかり。

一個になんて当分絞れなさそうだ。だったら全部やってみればいいんじゃない?!

と気づかせてくれた旅だった。

人生という旅はまだ終わってない。まだまだこれから!


ありがとう。