ヨーロッパ珍道中 Vol.2 Basque Pt.2

今日でサンセバスチャンに来てから1週間。

今日はいつもと違うカフェにきて、文章を書いている。

ここは昨日友達のJulenと彼の仕事に付き合ってフランスのボルドーまで行く前に寄った場所。

写真の学校?らしいのだが、昔タバコの工場だった建物をリノベーションしてなんとも開放感のあるかっこいい場所。

 解放感! こういう建物のつくりも人が自由に発想、創作することを可能にしている気がする。日本の建物って天井狭くてなんか自由がない感じするよね。 

解放感! こういう建物のつくりも人が自由に発想、創作することを可能にしている気がする。日本の建物って天井狭くてなんか自由がない感じするよね。 

 誰でもきてOK。 犬を連れてる人もいてとにかく自由。 

誰でもきてOK。 犬を連れてる人もいてとにかく自由。 

 カフェラテ1.60€ 

カフェラテ1.60€ 

家から少し内陸に20分歩いただけでビーチタウンではなく、街!という外観に様変わりした。

昨日、フランスへ向かう高速で、 余裕で50台以上あるカーゴトラックが高速の1、2車線を占領して列をなしていたので、なぜなのか聞くと、フランスでのストライキのせいらしい。

 高速っぽくない高速。日本の高速は過保護?!横に高い塀があって閉鎖感あるけどこっちはなんでもオープン。 自己責任。 

高速っぽくない高速。日本の高速は過保護?!横に高い塀があって閉鎖感あるけどこっちはなんでもオープン。 自己責任。 

昔から自分たちの権利を革命という方法で、国民が団結して勝ち取ってきた歴史のある国。

自分たちの身は自分で守る。文句があったらストライキという形で行動にうつし、政府と戦う。

初めてのパリでフランスを好き!って素直に思えなかったけど、少し時間が経ち彼らに対するリスペクトが増えた気がした。

そういえば、フランスにもここサンセバスチャンにも、街のいたるところにワインのボトルを入れる巨大なゴミ’箱’と呼べるかわからないほど大きな物体が設置されている。 

道や、電車の駅のいたるところにゴミ箱も設置されていて、特にパリは常に綺麗だ。

地下鉄の駅にも、地下鉄を動かすのにどれくらいの電気が必要でそれをどう太陽光でまかなっているかなどを数字と絵でわかりやすく書いてあって常に環境のことが当たり前に目に入ってくるようになっている。

結局、その国を形作るのは小さい時からの教育だったり、環境なんだなと思った。

無意識に環境問題が身近になっていて、それに取り組むのが普通のこと。

環境問題に取り組むことが「すごい」となっている気がする今の日本。

これって実は、当たり前に私たちが考えないといけないことなんじゃないのかな?

なんてヨーロッパに来て感じた。

日本が環境問題にさらに取り組んでないのが悪いんではなくて、そういうことが当たり前になってない日本の教育環境だったらそれが普通だと思う。学校だけでなくて、毎日生活する生活環境や、無意識に目に入る情報だったり、そういうところから環境問題に意識を向ける「トリック」が必要なんじゃないか。

環境問題に敏感なヨーロッパがすごいのではない。教育や、生活環境がすでに、そういう問題に興味関心、身近であるという「トリック」がいたるところに存在しているから、これはいたって普通のこと。

日本の、

2 + 4 = ?

という計算式ではなくて

2 + ? = 6

という

欲しい結果に対してどう取り組むか

という考え方の違いを、ここに住む人たちの生活環境を知り、目の当たりにした。

昨日ボルドーからサンセバスチャンに戻ってきた後、

Fela Kutiの息子であるFemi Kutiのライブに行ってきた。

本当は一昨日予定されていたライブはフランスでのストの影響で昨日に延期されたのだ。

ライブの終盤で、Femi Kutiが興味深いことを言っていた。

「アフリカに来て、チャリティー、チャリティーってバカみたいなことをしないで欲しい。

アフリカに来て、あー貧しい人たちだね可愛そう。って、どういう観点で可愛そうって思うの?私たちは金(マネーじゃなくてゴールドの方)

もあるし、その他にもいろんな自然からの恵みに囲まれて十分幸せだ。何しろ私たちにも賢い人たちはいっぱいいる」と。

どーーーん。

これって、私がインドネシアに行って感じたことと同じだ。

今は廃刊になったWARP Magazineに書いたことなんだけど、

「発展途上国」という言葉はあくまでも、インフラが整い、コンクリの道が引かれたテクノロジーに支配された私たちからの観点で、別に「発展途上」彼らは生活に不便してない現実。

「発展途上国」=「幸せがない国」ではないということ。

私たちは物心ついた時から、アフリカ=貧しい

っていう勝手なイメージを頭に刷り込まれていて、

私たちに在るもの(ネット、水洗トイレ、電気、ケータイ、車、水道など)がない場所は貧しくて

可愛そうなところだって 思い込んでいるんだと思う。

物がなくても、幸せは存在する。

物があっても、幸せがないことのほうが多い。

本当の幸せに物質は関係ないと思う。

不思議なことに、先進国、もしくは都市と呼ばれる発展し、インフラがあり、全てが手に入り整っているところには、精神的に満たされてない人が多い傾向にある気がする。

代表的に私が今まで行ったところを例にあげると

東京、ニューヨーク、ジャカルタ、パリ、デリ。

ここに暮らしている人たちは幸せバロメーターが低いと感じる。

不思議だよね。

田舎の、何もないところにいる人たちの方が、心が満たされていると感じる。

国の数が多いわけじゃないけど、今までいろんな国に行って、色んな人たちに出会って、

現時点で実感しているのは、幸せって、「愛」と繋がっているということ。

国も、言葉も違い、肌の色も違うけど、

日本でも

アメリカでも、インドネシアでも、インドでも、カンボジアでも、ドミニカ共和国でも、フランスでも、スペインでも人が笑っている時って友達といるとき、家族だったり大切な人と何かを共有して目には見えない何かを通じて繋がっている時。

育った環境も、食べて来たものも、見て来たものも違うけど不思議なことに

真の幸せを感じている人の顔ってみんな一緒なんだよな。

やっぱうちらって、みんな同じだよね!人間だ!

ちなみに私が「安心」を感じるとき、場所はトイレ。

昨日立ち寄ったフランスのボルドー付近には、トイレに便座がなかった。

便座がないのが当たり前なのか?それともみんなマイ便座を持っているのか?!

これにはインドネシアなどのトイレというものがないトイレ

(床に排水溝があるだけの場所にトイレと案内された)

と同じくらいびっくりした。

座るのかエアー椅子するのか、みんなどうするのか聞いて見たかったけどフランス語でそこまで突っ込んだ話ができないからその謎は謎のまま。。。

誰かわかる人がいたら教えて欲しい!

 ここだけだと思ったらここ以外にも便座なしのトイレがあった、、、 どういう仕組み?便座代節約なのか? 

ここだけだと思ったらここ以外にも便座なしのトイレがあった、、、 どういう仕組み?便座代節約なのか?