ヨーロッパ珍道中 Vol. 3 三十路がなんだ!歳をとるのっていいじゃん!

サンセバスチャンでの

地元逗子に戻ったかのような10日間の海の目の前の生活に別れを告げ、

私は今またパリに戻るための電車に乗っている。

今日は誕生日。

だけど、昨日と同じ服で、おとといシャワーを浴びたきり、髪の毛は揚げ物の匂いだ。

昨日朝、お風呂場で素っ裸になってシャワーを浴びようと思ったのに

お湯が出ない事件!

冬で汗もかかないので、まー1日くらいいいだろうと思ってたけど

昨日の夜になっても、今朝になってもお湯が出ない。

そして、昨日の夜は、餃子と、唐揚げを作ったので、お分かりだろう。

髪の毛は昨日の名残で、揚げ物の油の匂いがする。

泥まみれなわけじゃないからま、いっか!

パリではホテルをとっているのでついたらシャワーをすぐシャワーを浴びよう!

パリからスペインに向かった時と同じようにコーヒーを買い

物価の高いパリに戻ることを痛感する。

サンセバスチャンでは€1.40のカフェラテが

この電車でさえもすでに€2高い、€3.40だ。

たかーーーい!!!

出費。

出費といえば、今朝、滞在先の家から駅までちょっと荷物を持って歩くには遠いので、タクシーを呼んだ。

Amaraという駅までと伝え、まだ少し薄暗い夜明け直前に駅に到着。

少し早くついたので安心し、せかせかせずチケットを買った。

パリ行きの電車に乗るのには、スペインとフランスの国境を越えなければいけない。

昔、フランスがスペインに入れないように列車の線路の型を変えたらしくフランスの電車はスペインを走れないそうだ。

サンセバスチャンのAmaraから、電車で40分ほどのHendayaまで€1.90

電車がどのホームから出発するのか窓口で尋ねると、

ここの駅じゃなくて、ここから1km離れたAmaraに行ったほうがいいよとアドバイスをくれた。

へ?Amaraじゃないのここ?!

とにかく時間がないので、google mapを頼りに大きな重いトランクを引っ張りながらAmaraへ向かった。 後ろを振り返り駅の名前を確認するとDonostiaと書いてある。

違う駅じゃん!!

呼んだタクシーだし、乗った時にもAmaraと伝えたのでそこで降ろされたと思い込んでいたのが間違いだった。

とにかく9:12のパリ行きの電車に乗らなければ!

歩いて見たもののまだ500mくらい行ったところであと5分しかなかった。

無理だ。横浜での東横から、京急の乗り換え3分とかだったら余裕だけど、これはちょっとわけが違すぎる!!

ここで私にある選択肢は3つ。

1)友達に電話してHendayaまで車を出してもらう→寝ていて起きなかったのであえなく諦め

2)しょうがなく、電車を逃し、次の電車まで待つ→もうパリに戻る気満々だし、夜にパリに戻ってバタバタしたくないし、また電車のチケットを買うお金がもったいない(発車時刻によって値段が変わる。確かこのあとだと€100を超えるチケットだったはずと思い出す)

3)上2つをほぼ同時に考えながら歩いていると目の前にタクシーが!

すかさずgoogle mapで所要時間を調べると25分!

この時点で8: 20なので当初乗る予定の電車には間に合う!

タクシーを停め、フランス側の駅名を伝えるとセセンタだけどいいのか?

と確認された。

セセンタとは、スペイン語で60のこと。

この電車を逃すと次の列車には€100かかる。

どうしても日暮れ前にパリに到着したいし、シャワーも浴びて

綺麗になっていたい。

(ちなみに誕生日だからといって特にパリで確定した予定はまだない。多分友達が誘ってくれたカリビアンのパーティーにいくと思うけど)

タクシーの€60は痛いけど、しょうがない。

これがベストな選択肢。

旅をしていると日常生活ではあり得ないくらいの速さでの判断力を求められる。

これが私を鍛え上げてくれるのだ。

1人で海外に行き始めてから10年以上が経つ。

多少は喋れても完璧には理解していない言語の国で、

求められるとっさの状況判断は、私がいましている仕事でも力を発揮してくれている。

30歳になり、ここ一年を振り返ってみる。

いやーよくやった2018年だった。

自分の成長を今まで以上に感じ、仕事でもプライベートでもいろいろな状況に直面しながら、

自分が納得いく結果につなげるためこの29年間の経験を駆使しながらよく頑張ったと実感する。

ここまで自分が自分を褒め、納得いく年は今年が初めてだと思う。

本当にいろいろなことがあった。

去年の今頃には、アトランターボストンからのニューヨークで好きな人との時間を過ごし、

年明けにはドミニカ共和国でアメリカとはまた違う文化や生活に触れた。

そのあと、冬嫌いを克服したくて、ニセコで友達がいるバーで働きに行き、

スノボーも本格的に挑戦し、パウダーまみれでお腹が痛くなるまで笑い、20人近くが一緒に住む家ではカメムシに悩まされた。

ニセコ滞在中に、私の大好きな水着のブランドLepidosのカタログ撮影のコーディネーターとして

バリに弾丸で飛んだ。撮影中のハプニングも、なんのその、バリにいるローカルの友達に助けられ撮影も無事終了。

ニセコから逗子に戻り、一ヶ月後には初めての、雑誌とブランドの仕事でニューヨークまで飛び、

モデルとなる女の子たちのブッキングからロケーション、撮影までをこなした。

逗子に戻り、映画祭。

そのあとすぐインドネシアへ飛び、Thrasherのイベントを取材し、

今はなきWARPマガジンに1年越しのインドネシアのスケートカルチャーを通して垣間見た自由さを写真とともに

執筆

バリでは今まで以上にサーフィンもしたな。

夏の間は日本にいて、地元の友達、仲間と楽しく夏を過ごした。

念願のMY SURFBOARDも先輩のおかげでゲットでき、surfersの下のポイントで波があるときは毎週サーフィンしたな!

夏の終わりかけに、再度撮影でNYへ。

一ヶ月半3本の撮影のために記憶にないほど動きまくって、あっという間に過ぎ去った。

Xgirlの仕事で行かせてもらったNYでNIKEの仕事もして、一から色々自分のアイデア通りに動いて

本当に大変だったけど、それ以上にとにかく楽しかった。

帰国してからヨーロッパに出発するまでの

3週間の間に、東京での写真展のために、初めてカラー写真を先輩写真家に手ほどきを受け、格闘しながら手焼きプリントし、写真展も無事終了した。

写真展レポートはここから http://container-web.jp/by/11194.html

これだけしてすごいでしょって言いたいんではなくて、

この一年に起きた出来事全てが、跳び箱の前にあるロイター板のような役割を果たし、

以前より数段多い跳び箱を跳ぶのも可能にしてくれる経験だということを強く実感した年だった。

だから、全てに意味があるし、全ての出会いも終わりの結果がどうであれ大切な出来事なのだ。

もし、明日死んでも私は後悔することは何一つない。

いつも、そう生きたいと思っていたらいつの間にか実現していた。

去年の今頃に、「来年は年の半分は海外に行き、仕事をしたい」

というのを頭の奥底で決めていた。

なんとなくではなく、絶対そうすると決めていた。

でも、日常の中でそういったからそうしなきゃといったような、自分自身のマニフェストによるプレッシャーを感じていたわけではない。

そう決めたことすら忘れていた期間があった。

ただ勝手にそうなっていた。

私にもできるなら、あなたにも絶対できる。

「でもみゆはさー、、、」

って思ってるあなた。

人間はみんな同じ。

なんでもできる天才的な能力と技能を併せ持って産まれてきたけど、

親や、生活環境、社会、学校、友達、メディア、他人の経験

いろんな理由によって「できない」が増えていく。

でも誰が一体そんなルール決めたんだろう?

そんなルールは勝手に年月が経つ間に形作られ、それが絶対かのように私たちの頭に何度となくリピートされ 

そう「思い込んで」いるだけ。

今の状況に納得いかないなら、それを打開して、自分が納得のいく人生を歩んだほうが、

文句も無くなるし、自分もハッピーで周りもハッピーになると

私は信じている。

周りに言われたり、自分が思い込んでいる

「〜だからできない」

という呪文から自分を解放してあげられるのは自分しかいない。

一人一人がもっともっと自分らしく生きれる世の中になったらいいな!


そうそう、ヨーロッパに来てわかったことは、

海外=自由

じゃないことだ。

私がアメリカ歴が長くて、海外って自由なんだと思っていたけど

ヨーロッパは伝統だとか、「これはこうあるべき」っていうのが意外と強い。

そのコンサバ的なところは意外にも、ことによっては日本より強いのかもしれない。

(日本は日本人としての誇り的なのが薄い気がする、

こっちはそれが強すぎて新しい文化を受け入れずらかったりする一面もある)

でも、自分の意見を言うことは普通だったり。 

やっぱり、海外に出ると日本の良さが良くわかる。

それと同時に、日本の問題もはっきりと見えてくる。

海外の方が良い悪いではなく、日本を離れたとこから客観視することがたまには必要なのかもしれない。

私は、10年以上前、日本が嫌いで海外に行き始めた。こんな狭い国、つまんない!と。

でも今は、日本が嫌いなんじゃないことがわかった。

時たま、

自分が自分のままでいることが窮屈に思わせるようなことがあるってだけ。

どの国も同じ。好き、嫌いって簡単に使うけど、本当は自分の好みに合わないだけ!

自分が何が好きで、何が苦手なのか、どこにいると心地よいと感じるのかは、

実際に行って見ないとわからない。

日本だと、30歳って三十路って名前がついてもういい歳だとか色々あるけど、

私はこの歳になってやっと自分の人生経験から物事をフラットに客観的に見れるようになって

高校生や20代前半の偏った物事の見方や、自分が好きなものがみんなにも一番だみたいな考え方がなくなって、本当の意味でみんな人それぞれ、違うし、それが当たり前で普通なことなんだって理解できて来た。

だから30歳万歳! ここまで生きてこれてよかった。

産んでくれたママにありがとう。

 みんなにありがとう!

私の旅はまだまだ続く!!

 

 チーズケーキ頼んだら チョコレートかけられて出てきた 涙 ずっと気になってたペイストリート屋さんだけに びっくりそしてあんまり美味しくなかったよw

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 Zurriolaビーチからみえる大きな石像。 下からあれは何?と聞くとマリア様だよと言われた。登って見てみたら マリア様じゃない! 男じゃん!

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