プラスチック

旅を終えて日本で感じること。

旅を終えて日本に帰ってきて一週間が経った。


今感じていることをそのまま書きたいと思う。



ヨーロッパでは街のいたるところにグラスボトルを回収する巨大なゴミ箱があったり、

スーパーでは袋は有料だったり(300円はする)、住んでいる人もMY袋を持って行くのが当たり前で、意識の違いを痛感した。

その一方で、スーパーに入るとプラスチック容器に入ったサンドイッチやチーズが並べられていて矛盾を感じ、環境問題先進国と私のイメージであったヨーロッパでもやっぱりプラスチックの需要は必ずあるんだなと思った。


都市部で見るプラスチックにはあまり違和感がない。違和感がないというのもおかしい話だけど。

モロッコの乾いたオリーブの木しかないような人気(ひとけ)のない土地に目立ったのはプラスチックだった。

プラスチックの袋に、ペットボトル。


プラスチックって、先進国が経済的に発達してない国に持ち込んだものでしょ?

なのに、先進国はプラスチックを使わないようになっていて、発展途上国と言われる国々では

プラスチックが野放し。それで、先進国にその国々は意識が低いって思われやっぱり後進国だってレッテルを張るのはすごく矛盾していると思う。

のちに環境にどんな影響を与えるかもわからないものが、しっかりとした教育のないまま持ち込まれ、プラスチックゴミのように置いてけぼり。

インドネシアでは、地元の子が、船の上で開けた水のボトルについたプラスチックを海に投げ捨てていた。 

モロッコで見たプラスチックも、観光客が捨てただけではなく、そこに住む人たちが捨てたもの。

その人たちが悪いとか遅れてるわけじゃない。 


そんなことがあったわけで、

旅から帰って来て日本の環境問題に関する取り組みの少なさと意識の低さにカルチャーショック。

まるでモロッコ。

ここ数年 日本が「先進国」とカテゴライズされることにとても大きな疑問を感じる。


過剰包装も本当に過剰が過ぎる。

何か買うたびにゴミを出している自分がすごい罪悪感にかられる。


日本には選択肢が少ない。と思う。


食べ物に関しても、今やベジタリアンやビーガンブームでお肉ではない選択肢のある場所も増えつつあるが、ヨーロッパやアメリカの都市比べると全然遅れている。少しの遅れではなく、周回遅れくらいの感覚でかなり遅れている。


今日、帰国後東京に行くのに、久しぶりに乗った電車。

赤ちゃんを抱っこした女性がベビーカー片手に普通に電車で立っていた。

それを見てびっくりした私は思わず座りますか?と聞いた。

別にそれを聞いた私が偉いわけでもなんでもない。偽善でもない。

今回の旅で行ったパリやロンドンなどでは「当たり前」のこととして、普通に行われていた。

お年寄りが乗って来たら普通に席を譲っていたし、妊婦さんや子連れの人にも席を譲っていた。

恩着せがましい感じも何もなく、皆がスッと普通に立って譲る。


「思いやり」という言葉のあるこの私が生まれ育った国で日本人であることを心底恥ずかしいと思った瞬間だった。

その女性の近くに座っていた人たちはスマホに夢中で誰も何も声をかけていなかった。

なんでなんだろう?

聞くことがそんなに恥ずかしいのか?


ちなみにその女性は大丈夫ですと、私に伝えずっと立っていた。

座ると疲れちゃう人もいるからあえて立っている人がいるのも知っているけど

その女性からはどこか「遠慮」が感じられた。

妊婦さんや子連れ、お年寄りが遠慮する環境を作り上げてしまった私たち。

悲しいよね。



電車の中でのことは自分から行動してすぐに変えられることだけど

プラスチックって難しい。

何か必要で何か買えば包装や過剰包装で出るゴミ。

ビニール袋は極力断っている。

でもプラスチックゴミを全く出さずに生活することは今の日本では不可能。

出さないで生活したいと思っても出さずに買える選択肢がほぼない。

そういう選択もできる環境を作っていきたい。



ここ最近、日本でマイボトルを持参すると水をフリーでrefillしてくれるウオータースポットというのが始まったらしい。


この旅で吸収し、学んだことを活かして自分にできることをする。

自分には何ができるだろう。今自分がここにいる意味はなんだろう。

自分の行動から変え、なおかつ発信して行くことだと改めて思った1日だった。



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