Cambodia

28歳 フリーランス

FBを開いたら ちょうど、去年のこの日 

カンボジア 27歳 無職

http://www.miyufukada.com/blog/2015/12/9/life-in-cambodia-27

という題でブログを書いていたことを知らされた。

一年経ったのかと、都内での打ち合わせへ向かう電車の中でこの一年を振り返ってみる。

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一年前の私は、カンボジアでもがいていた。もがいていたというか 旅の資金探しに必死だったというほうがしっくりかな。 文字通りの必死。

ほぼ毎日ここでココナッツウォーターを買っていた。

ほぼ毎日ここでココナッツウォーターを買っていた。

自分が思いつくあてを手当たり次第探し、訪ね、お金がもらえる仕事ならどんな小さな仕事でも探していた。  

プノンペンの排気ガスで汚ったない雑踏を  自転車でかっ飛ばし チェーンが外れることもしばしば 

見知らぬ地で生きることに必死だった。 

そう言えばちょうど1週間前、自転車のチェーンが外れたな。 なんというシンクロ。 

それはさて置き、 

あの時あの場所で あんなに必死になっていた自分からは想像もできないような環境に今いる。  

これは本当に感謝でしかない。 

あの時あの場所で あんなに必死になっていた自分が 今の自分の糧、自信、行動力に確実に繋がっている。 

本当にほんとーーに、 人生で無駄なことは全くない! と断言出来る。

全ての点と点が繋がり私の人生という線を描いている。

一つひとつの出会いが確実に、着実に 私の人生のネクストステージに繋がる橋となってレゴのように組みあがっていく。 

おそらく29歳の来年の私も また同じようなことを感じるのであるのだろう。 

 

それを思うと歳を重ねるということが楽しみで仕方がない。  

自分の想像もしない世界へと 人生は連れてってくれるのだから。 


ただひとつ、これには法則がある。

「今」を全力で受けとめ、全力で突き進むこと。 

「今」を大切にすること。  

過去や未来の結果にとらわれず 「今」に全ての意識を集中すること。 

 こんなことを書きながら ヨガの哲学と同じじゃん! 

ふと気づく。 おもしろい。

 

ヨガを推したい訳でもなく、純粋に 人生を精一杯楽しみ どの瞬間も無駄にしないためには 「今」しかないということ。

私はこれを色々な経験を通して学んだ。 

ヨガに出会う前から実践していたのかもしれない。 そんな私が今ヨガを教えている。 なんとも面白い。 

ポーズをして体を動かすことがヨガのイメージとして 定着している今 

ヨガはそれ以上のことだと体現していきたいなと思う。  まさに人生そのもの。

 

ポーズなんてしなくなっていい。  

今を精一杯生きること自体が人生の本質、 

人生を楽しく過ごす知恵 = ヨガなんだと。  

なーんだ! ヨガをやってない人でも みんなヨガ知ってるじゃん!  

なんて思った28歳 フリーランスの朝。 

 

毎日 楽しく、自分が楽しいと思うことをして生きる。 レールから外れて私の人生という新しいレールを引きながら生きる。

こんなライフスタイルがあってもいいじゃん! って 生きること自体が仕事になってるなんて嬉しい限りです。 

人生にルールはない。 

100人いたら100人分のライフスタイル。 ただ共通しているのは 心から楽しんでいるということ。 

サーファーでもスケーターでもヨギーでも フォトグラファーでも モデルでもなんでもいい。 楽しく生きていればそれでOK!  

 

そこにかける情熱や愛がどんな人にも共通してることなんだと。 

人生 最高! ありがとう! 

 

 

 

Street art in Phnom Penh, Cambodia Part.2

Boeung Kakと言われるプノンペン北側に位置するエリアには、メインの通りから一本裏に入ったところに、カンボジアとは思えないようなカラフルな色だったり、ボブマーレーっぽい匂いがするホステルから出てくるタトゥーだらけの外国人など、異様な空間があった。ただ、ヌードや死をイメージしたアートは禁止されているようで、政府の厳しい取り締まりもあるそう。

肝心な地元の人はというとそんなアートには全く興味がないのか、ただただ暮らしているといった感じ。廃墟となった建物の壁にはNYの5 pointsを彷彿させるような建物全体に施されたグラフィティがあったり、ローカルたちが暮らす建物に色鮮やかなアートがある。カメラ片手に自転車をこぎ、地元の人の視線を浴びながらとりました。笑

Street art in Phnom Penh, Cambodia Part.1

カンボジアといったら、おもい浮かぶのは、アンコールワットだろう。そして歴史的背景として忘れられないのポルポトによる支配、自国民虐殺。カンボジアに自由が戻ってきてからほんの3,40年しか経っていない。

そんな時代背景とは裏腹に、街の中にはストリートアートが溢れている。先進国日本では、何か大きいイベントごとでないと見ることのできないミューラル、クメール語のアートが裏路地にあったり、面白い空間が溢れていた。

Despite the Cambodia's historical tragedy, there were a lot of freedom in street art in Phnom Penh, Cambodia.  It has only been 3, 40 years old since the freedom has returned to this country, However the appreciation for street art was way advanced compared to Japan.

Life in Cambodia Part 4: あけましておめでとうございます2016

正月感が全くないカンボジアですが、あけましておめでとうございます。

最近ではカンボジア人に間違われるようになってきました。

インドにいればインド人と思われ、バリにいればバリニーズに間違われ、行く先々で現地人だと思われるので、人間カメレオンといったところでしょうか。w

今年のスタートは比較的スローで、しかも一ヶ月半ほどお世話になってた友達の家から、出ないといけなくなり、それが一日前に発覚したり、若干ドタバタな感じがありましたが、今バイト先で一緒の日本人の女の子に助けられ、快適なお部屋に引っ越しました!お湯シャワーがあるー! 以前のお家は、カンボジア調のお家だったので、水シャワーでした。 暑いので、慣れてしまって特に問題はなかったけど、お湯シャワーやっぱ最高ですね。

今は、日本人が経営しているバーとそのほかに2つ仕事を掛け持ちしています。そんなカンボジアでの生活も残り少なくなってきました。プノンペンには、もし仕事がなければそもそも2ヶ月もいなかったかもなーと最近ふと思いながらも自分のペースで楽しんでます。

 

さて、昨日のバーでの出来事ですが、ティダというカンボジア人の近くでヘアーサロンを経営している女性がきて、日本酒を飲みながら彼女が日本では考えられないような話を私にしてくれました。

14歳で両親から家を追い出され、ストリートチルドレンとなり、ほかのストリートチルドレンたちと暮らしながら、生きるために蛇や、ゴキブリ、ネズミを食べ生活していたそうです。お腹壊さないの?!って聞いたら、カンボジア人だから全然大丈夫よと笑って返事をした彼女。ネズミの首をちょん切って、毛をはがして内臓を取って食べていたそうです。一ヶ月何も食べない時があったり。。 16歳の時に、20歳年上の日本人男性に拾われ、17歳で日本に渡り、勉強し、その男性家族と茨城に暮らしながら六本木のレストランとバーで仕事を掛け持ちし、働いていたそうです。昼からレストランで皿洗い、掃除、夜中から始発までバーで掃除。年齢が年齢のため、表で働くことは禁じられ、裏で仕事をしていたそう。 

彼女は、今から話すことで私のこと悪く思わないでね約束してくれる?と聞いてきたので、もちろんだよ。と、何を話すのか想像もつかないまま私は返事をしました。 その男性家族は、4年間の間、彼女に、2日以上たったご飯しかを与えていなかったらしく、今でも普通のご飯が食べられないそうです。ほぼ腐っているものか、その寸前のご飯しか食べられないそう。途中から涙を流しながらそんな過去の話をしてくれた彼女は、数時間前にあった時にはそんな人生のストーリーがあったなんで想像できないほど明るくて、気さくで可愛らしい女性でした。カンボジアの田舎から出てきた彼女にとって15年前の日本は、自分の故郷とは雲泥の差の発達した日本に驚いたにちがいない。でも東京には、彼女が生まれ育ったカンボジアのような太陽の輝きや、鳥のさえずりはなく、カンボジアでストリートで暮らしていたけれど、そんな故郷の暮らしが恋しかったそう。しかも当時21歳だった彼女は、もっと若い旦那が欲しい!と思い、その男性と別れカンボジアに帰ってきた。と笑いながら話をしてくれました。彼女の経験した4年間の日本での生活は、鳥かごの鳥のようだったと。そんな想像を絶する生活を日本で経験したにも関わらず、彼女は日本人が大好きと話してくれました。カンボジアでの友達も日本人も多いし、欧米人の友達も多く、インターナショナルな彼女。

 

彼女は現在32歳。カンボジア、プノンペンにある日経のお店が立ち並ぶ絆ストリートという場所でヘアーサロンを経営し、日本のNGO団体にサポートされながら、カンボジアの女性に、美容師の技術を教えるボランティア活動をしています。日本で、4年間仕事をし、21歳でカンボジアに戻ってきた彼女は、貯めたお金で、5階建ての建物を購入し、一階を自分のお店、その上は貸し出ししているそうです。日本語も、英語も喋れるし、とてもスマートな女性。 エアコンや、お湯シャワーがある生活、エレベーターエスカレーター全てが整った生活も好きだけど、カンボジアでのストリートの生活から這い上がった彼女はやはりそんな故郷との切っても切れない、悲しいカンボジアの歴史がありながらも、自分がどこからきたのか忘れてはいけないと話していました。カンボジアの田舎では、親が自分の子供を売って生活を立てることが当たり前の状況。欧米人が5000$などという値段で買っていくそうです。それを避けるために、美容の技術をカンボジアの若い女性たちに教えている彼女。日本で生まれ育った私にとっては全く理解できないことですが、これがこの国の現実。それが道徳的にいいか悪いかは関係なく、自分が歳をとって、楽をするために子供を高額で売買する親。 一ヶ月の給料が100$というこの国、5000$がどういう金額かは想像できるでしょう。

全く想像もしなかったような話を聞き、日本で生まれ育った私には非現実的すぎる彼女の経験、また腐ったご飯を与えていた日本人の行為にショックを受けしばらく呆然としていた私。。それから30分後彼女は日本酒3杯のおかげで、泥酔して椅子で寝てしまいました。w 

出会う人の数だけ、その裏にある人生のストーリー。今年も、どんな出会いがあるのか楽しみ!

 


Happy New Year from Cambodia! doesn't feel like it is new year at all here. haha 

Lately, I am often mistaken as Khmer (local cambodian). Anywhere I go, I am mistaken as local. I feel like i am a chameleon.

I am currently working 3 jobs. at night, I work at a bar which Japanese owns. It's pretty fun working here.

Last night, at the bar I was told an extraordinary story from this Cambodian lady who runs a hair salon two doors down from the bar I work at. 

She looked into my eyes and started telling me her story at her younger age.

 

She got kicked out from the house at the age of 14th, started a street life. Picking up food from the garbage of local market to survive. Her friends from the streets taught her how to eat snakes, cockroaches and rats. Chop the heads of rats and rip the skin, remove the intestines and eat. Everything to survive. She earned the skill to live on the streets. 

When she was 16, she met a japanese guy who is 20 years older than her, he took her to Japan when she was 17, and gave her life there. She lived in Japan for 4 years until she went back to Cambodia at the age of 21. She worked double shifts, doing the dishes at a restaurant during the day and clean at a bar during the night in Roppongi until the first train to go back to Ibaraki, where she resides with her husband (the Japanese guy who found her on the street) and his family. The surprising and shocking thing she has told me is that she cannot eat fresh cooked food. That is because she was fed leftover food 2 days ago by her mother in law. As she was telling me the very shocking story tears were rolling down on her cheek. I was very shocked and didnt know what to say.  She came back to Cambodia and bought a 5 floor building which she has her beauty salon on the first floor now. Despite her very shocking experience in Japan, She told me she loves japanese people but nothing make herself feel home except the strong sun in Cambodia and birds chapping sounds on the streets of Cambodia. 

In country sides of cambodia, It is very common thing for parents to sell their children to western guys for about 5000$. The minimum wage for local people who works on the streets is about 100$. So you can imagine what 5000$ worth for the people here. It is unbelievable fact. She runs a beauty salon and it is supported by Japanese NGO association. She passes along her skills to the young girls in Cambodia to prevent the kids to be sold to western guys. 

She is now 32 years old. She told me she likes AC, elevator, escalator, and hot shower all the western cultures too but She can never forget where she is coming from. Cambodia only makes her feel its home. Nothing can replace that. 

It was pretty hard to imagine what she has been through from her bright and lovely smile. 

 

Million people has millions stories tell. I am stoked for what 2016 brings in! 

 

my journey to be continued..


Life in Cambodia part. 3 : クリスマスはアンコールワットで

クリスマスの数日前からアンコールワットのあるSiem Reapに来ています。

カンボジアに来てから、行きたかったアンコールワット。

アンコールワットのある町、Siem Reapまではプノンペンからバスで7時間ほど。夜行バスで料金は10$。

バスのチケットに座席表が書いてあるんだけど、そんなの関係なしにバスのおにいちゃんに仕分けされます。寝れるタイプのバスですが寝心地は全然よくない。3回くらい途中停車、、止まった時に降りる人たち!お構いなしに寝てる人たちにぶつかってくる。2時間毎くらいに起こされて、やっとSiem Reap到着!

今回は、今年の5月にバリで出会った友達が、この街に一ヶ月前くらいに引っ越してきたので、家に泊めてもらってます。友達はベルギー人、ハウスメイトはフィリピン系アメリカ人の女の子で18歳!若!二人ともAngkor What? Barというpub streetにあるバーで働いてる。Siem Reapには観光客が多いせいか、プノンペンのカンボジア人より英語ができるカンボジア人が多い。

アンコールワットへは、昼間暑いよ!というアドバイスをもらったので、サンライズツアーに決定。明け方まだ日が昇る前に出発。Tuk tukでガタガタと揺られながら到着。

クリスマスにも関わらず、すでにかなりの観光客がいて、一眼レフや、セルフィースティックやら、Go Proで埋め尽くされる、アンコールワット前の池。アンコールワットの真ん中の塔には、一年2回ちょうど太陽が昇るように計算されて建てられている。12世紀ほどに37年かかって、385,000人と、4000頭の象によって作られたそう。石でできたエントランスには、クメールルージュ時代に使われたAK47の銃弾が今でも残っていたりして、悲惨な状況が予想できる。

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そんなこんなで、なぜかクリスマス当日にかなりの腹痛に見舞われ、明け方出発し、昼頃にツアーから戻ってきてからはずーーーーっと寝てました。

写真はおまけ。クモなんだけど、味は甲殻類。カリッとフライにされてて全然おいしい。機会があったらぜひ食べてみてほしい。