life

自己満で生きる。

結構前から気づいてたけどうまく説明できない

というか



日本での

「自己満」のイメージがネガティブ。



なので、言いにくかったんだけど



私、自己満で生きてます。

アイス大好き!その写真撮るの大好き!

アイス大好き!その写真撮るの大好き!



そして、世界中の人が自己満で生きたら

平和な世界になると思う。



は?自己中なの?



とか思った?笑







自己満足って

その字の通り

自己で満足すること。



言い方を変えると、

自分を自分で幸せにすること。



だと思う。



都内での仕事を辞めて

4年目の今年。 



なんか、自分が辞めても誰かが穴埋めできる仕事をするのが

「?」

になっちゃって、

自分にしかできないことしたいと思ってやっとここまできた。



自分にしかできない仕事で食べたい



と思った時に、避けて通れなかったのは

自分に何ができるか

を知ること。



それって結構、

自分がしたいことと違ったりするから

その現実を受け入れるちょっとの勇気が必要。







昔は

夢と幸せってセットだと思ってて、

夢が叶ったら幸せになれると思ってた当時

じゃあ夢叶わないと幸せになれないの?

っていう疑問から始まり、

NYの昔から知っている友達が何年経っても同じことをしているけど

(側から見たらまだ同じことやってるの?っていう感覚)

毎日楽しそうに過ごしているのを目の当たりににして

ダンスが大好きでNYで通い始めた学校にいるのに幸せを感じられてない自分が嫌になって、

夢を追いかけるよりも、今楽しいことをしたいって思うようになった。





それが全ての始まりだった。



子どもの頃からの「ダンサーになる」夢からはその時に離れて、

今思えば、それは私がしたいことだったけど

私にはできないことだった。



その当時はヨガはNYのそのダンスの学校で習っていたけど、

「今、この瞬間を生きる」ことがヨガ、なんてこれっぽっちも知らなくて

でも無意識に確実に自分の中のスイッチが 

「将来」より「今」に変わったのを覚えてる。



子どもの頃から

将来はどうしたい?

何になりたい?

大人になったらどうしたい?

とか



そういう先のことばかり考えさせられるような

今 自分の目の前の幸せには全く意識を向けさせないような

社会のあり方の中で育って



当たり前のように先のことを考えるようになっていた。



今が幸せってみんなが気づいちゃったら

現代の社会の仕組みが崩壊しちゃうから。



ダンサーになる夢を追いかけている自分がカッコ良いと思って

それでなんかわからないけど 夢に向かって頑張っている自分がカッコよくて

それでなんかわからない幸せを感じてた風だったけど



いきなりその「夢に向かって頑張っている自分」っていうものが

なくなったら、幸せじゃなくなっちゃって



自分は何でハッピーを感じられるのか

ってところから始まった。

自分で自分をハッピーにしよう

って思ったのがきっかけだった。



そこから、自分が好きなことを

ピンと来たらやるようにして

自分の好奇心と興味の赴くままに

行動してみて



自分が楽しいと思えることの中から

自分にしかできないことを探してった。



重要なのは

楽しいって思えるかどうか。



自分にしかできない仕事じゃなくても



自分が楽しいって感じることが一番重要だと思う。



自分のハッピースイッチを自分で見つける。



職場とか他人に求めるんじゃなくて

自分で見つける。



言い方を変えると、

自分次第でどうにでもなっちゃうから

人生は全て自分の手の中。

人に左右されずに自分で勝手に幸せになれちゃう!

ってこと。



すごくない?!



あと絶対に忘れて欲しくないのが、



会社に勤めていたり、雇われたりしている人が

私のようにフリーランスや、自分で事業をやっている人より

劣っているとかは全くないということ。





「私なんてまだ会社勤めだし、みゆみたいにカッコよいことしてない」



とかいう人にたまに会うんだけど

別にカッコ悪いなんてことない。

私がすごいってこともない。



ただ思うのは、

満足している他人を見て、自分が現状に満足していないことに

気づいているなら、満足できるように変えたらよいと思う。



会社勤めでも、どんな仕事をしていても

満足しているならそれでOK



人の物差しや、社会の物差しで

自分の人生が良いか悪いかなんて決めないで。



自分にできること

ってみんなそれぞれ違うし、



ある人にとってはそれが会社に勤めることなのかもしれない。



私には、それが向いていないから今、こういう生き方をしているだけ。



ただそれだけのこと。



自分のことを自分で知る。



これは、私が「ヨガ」を教えるときに毎回テーマとしてきたことでもある。



私が伝えたかったのは

自分を知って、自分を自分で幸せにする

ってこと。



これが今現代の「ヨガ」のエクササイズ的なイメージという入り口では

私のメッセージが届きにくい

と思ったので、今年から「ヨガ」インストラクターはしません。



でも、ヨガの「今を生きる」という精神は

自分の中に常に持ちつつ

生きています。





自己満って別にネガティブじゃないでしょ?



他人や物に頼らない

自分を自分で満足させる

ことができたら、

何かを誰かのせいにもしなくていいし

もっとハッピーな世の中になる!



誰の夢を壊すわけじゃないけど、

現実的に自分に備わってない才能

(才能って別にすごい能力じゃない、日常で使える単純なことも才能だって頭の片隅に置いといて)

を努力でなんとかして夢を追いかけ続ける

その道中は結構辛い。

こうなりたいのになれない

それが重なると社会でいう「諦め」「挫折」ってことになる。

でもこの「諦め」「挫折」って

その「夢」を追いかけてる99%の人がどこかで経験することだと思う。

でもその諦めって自分には向いていないとか

その夢よりももっと自分の中で大切なことに気づいて、

恋愛したり結婚したり、子供ができて

子供の頃の「夢」を達成していなくても幸せに暮らしている人って

いっぱいいる。

そういう社会での大多数の

夢を「諦めた」人たちが



なんかどこかで

夢を叶えた人やテレビなどに出てくる有名な人がすごい、えらい

とか 感じちゃう社会がなんか違うと思うんだよね。



その人たちは 夢を叶えるより先に

自分の身近な目の前の幸せに気づいた人たちなんだと思う。



自分は何に向いていて、何が得意なのか。

全く何も得意じゃない人って存在しないはず。

一人ひとりに必ず得意なことってあって、

それを活かした仕事や、生き方ができたら

幸せは勝手についてくると思う。







ダンサーという職業には向いていなくて夢は実現しなかった。

(食べるの大好きだし、友達と遊んだり自由にしたり、人から言われたように踊るのは好きじゃない、いろいろ犠牲にすることができなかった)



でもそれで今の私は不幸せかと言ったら全然そんなことない。

むしろ超ハッピー!







夢を実現するのはほんの一握りだって

いうけど、

実はその夢に向いている人が残っていくだけであって

一握り以外の人はそれには向いてなかったってだけの事実じゃない?



自己満。

これが楽しく生きる私の秘訣。


旅を終えて日本で感じること。

旅を終えて日本に帰ってきて一週間が経った。


今感じていることをそのまま書きたいと思う。



ヨーロッパでは街のいたるところにグラスボトルを回収する巨大なゴミ箱があったり、

スーパーでは袋は有料だったり(300円はする)、住んでいる人もMY袋を持って行くのが当たり前で、意識の違いを痛感した。

その一方で、スーパーに入るとプラスチック容器に入ったサンドイッチやチーズが並べられていて矛盾を感じ、環境問題先進国と私のイメージであったヨーロッパでもやっぱりプラスチックの需要は必ずあるんだなと思った。


都市部で見るプラスチックにはあまり違和感がない。違和感がないというのもおかしい話だけど。

モロッコの乾いたオリーブの木しかないような人気(ひとけ)のない土地に目立ったのはプラスチックだった。

プラスチックの袋に、ペットボトル。


プラスチックって、先進国が経済的に発達してない国に持ち込んだものでしょ?

なのに、先進国はプラスチックを使わないようになっていて、発展途上国と言われる国々では

プラスチックが野放し。それで、先進国にその国々は意識が低いって思われやっぱり後進国だってレッテルを張るのはすごく矛盾していると思う。

のちに環境にどんな影響を与えるかもわからないものが、しっかりとした教育のないまま持ち込まれ、プラスチックゴミのように置いてけぼり。

インドネシアでは、地元の子が、船の上で開けた水のボトルについたプラスチックを海に投げ捨てていた。 

モロッコで見たプラスチックも、観光客が捨てただけではなく、そこに住む人たちが捨てたもの。

その人たちが悪いとか遅れてるわけじゃない。 


そんなことがあったわけで、

旅から帰って来て日本の環境問題に関する取り組みの少なさと意識の低さにカルチャーショック。

まるでモロッコ。

ここ数年 日本が「先進国」とカテゴライズされることにとても大きな疑問を感じる。


過剰包装も本当に過剰が過ぎる。

何か買うたびにゴミを出している自分がすごい罪悪感にかられる。


日本には選択肢が少ない。と思う。


食べ物に関しても、今やベジタリアンやビーガンブームでお肉ではない選択肢のある場所も増えつつあるが、ヨーロッパやアメリカの都市比べると全然遅れている。少しの遅れではなく、周回遅れくらいの感覚でかなり遅れている。


今日、帰国後東京に行くのに、久しぶりに乗った電車。

赤ちゃんを抱っこした女性がベビーカー片手に普通に電車で立っていた。

それを見てびっくりした私は思わず座りますか?と聞いた。

別にそれを聞いた私が偉いわけでもなんでもない。偽善でもない。

今回の旅で行ったパリやロンドンなどでは「当たり前」のこととして、普通に行われていた。

お年寄りが乗って来たら普通に席を譲っていたし、妊婦さんや子連れの人にも席を譲っていた。

恩着せがましい感じも何もなく、皆がスッと普通に立って譲る。


「思いやり」という言葉のあるこの私が生まれ育った国で日本人であることを心底恥ずかしいと思った瞬間だった。

その女性の近くに座っていた人たちはスマホに夢中で誰も何も声をかけていなかった。

なんでなんだろう?

聞くことがそんなに恥ずかしいのか?


ちなみにその女性は大丈夫ですと、私に伝えずっと立っていた。

座ると疲れちゃう人もいるからあえて立っている人がいるのも知っているけど

その女性からはどこか「遠慮」が感じられた。

妊婦さんや子連れ、お年寄りが遠慮する環境を作り上げてしまった私たち。

悲しいよね。



電車の中でのことは自分から行動してすぐに変えられることだけど

プラスチックって難しい。

何か必要で何か買えば包装や過剰包装で出るゴミ。

ビニール袋は極力断っている。

でもプラスチックゴミを全く出さずに生活することは今の日本では不可能。

出さないで生活したいと思っても出さずに買える選択肢がほぼない。

そういう選択もできる環境を作っていきたい。



ここ最近、日本でマイボトルを持参すると水をフリーでrefillしてくれるウオータースポットというのが始まったらしい。


この旅で吸収し、学んだことを活かして自分にできることをする。

自分には何ができるだろう。今自分がここにいる意味はなんだろう。

自分の行動から変え、なおかつ発信して行くことだと改めて思った1日だった。



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ヨーロッパ珍道中 Vol.4 London Pt.2

ロンドン!

本当にみんなの優しさと愛に包まれた12日間でした。

感情こみ上げて今からポルトガルに向かうんだけど空港でうるうる。。。


電車や物価は高かったけどそんなのどーでも良いくらい本当に素敵な人たちに出会えた。

ロンドン楽しいけど 天気が悪い、食事が不味いという不評は払拭され、

寒いけど天気も良い日が多くて、楽しかったな。


ヨーロッパひとり旅で、毎日1人でいろんなところに歩き回って

正直孤独と向き合うことが多い日々だけど、

ロンドンでは友達とパーティー、ライブミュージックを見に行ったり

泊まらせてもらってた友達の家で料理をしたり、本当に暮らすように過ごした。

ビーガンのカリビアンフード In Brixton. 手前にあるのは大豆ミートじゃなくてwheatミート 

ビーガンのカリビアンフード In Brixton. 手前にあるのは大豆ミートじゃなくてwheatミート 

ビーガン Mac&Cheese めちゃうま 

ビーガン Mac&Cheese めちゃうま 


 

日本で ベジタリアンやビーガンになるのって コスト的にも 選択肢も少なくて大変だけど、 

ヨーロッパ(今回旅した中では特にロンドン)にはビーガンオプションが多くて お肉を食べたくない時にでも困ることがなかった。 ただ、ビーガン、ベジタリアンだからヘルシーなのかと言われるとそうでもない。 替わりに使っている原材料が良くなかったりすることもある。 結局はビーガン、ベジタリアンだからヘルシーでお肉を食べてるからヘルシーじゃないってとこじゃなくてなにを食べているのか  どっからきてるのか なにで作られているのか知ることが大事なようだ。

 

ところで、ロンドンにきてから

“collective”というワードをよく耳にした。

DJからミュージシャン、プロデューサー、アーティストなどなどそれぞれの得意分野を生かし、一緒に活動するグループが多いのが特徴的だった。

そのグルームのメンバーもそれぞれまた別のコレクティブに所属していたり特に固執のない自由。


自由といえば、みんな踊る踊る。

滞在していたエリアのDeptfordで毎週水曜夜に駅からすぐ近くのバーでSteam Downというこれまたバンドコレクティブのライブが開催されていて、先週の水曜に今年最後のライブに行った時のこと。

生演奏のサックスから、ジャンベからドラムから、歌にラップに盛りだくさんで、Afro Beatsベースの音楽。

観客より高い位置に設置されるステージというものはなく、あくまで同じ目線、ミュージシャンと音楽を聴きに来た人たちで作り上げる空間がこれまた新鮮で。

「If you want to talk, GO OUTSIDE」と、

喋りたいなら外でやれとライブの前に掛け声をかけ、純粋に音楽に酔いしれ、体で音楽を感じる空間が出来上がっていた。

Steam Down. 日本でプレイしてほしい。エネルギーが強かった。 

Steam Down. 日本でプレイしてほしい。エネルギーが強かった。 

名前のSteam Downそのままで、雰囲気がわからずちょうどその日に着ていたヒートテックにタートルネックで行ったら、満員の会場は瞬く間に蒸し風呂状態。

薄めのトレーナーや、Tシャツなどで、暑くなることを予想済みの格好で着ている人がほとんど。最高気温5度の12月とは思えないライブだった。


その翌日木曜は、初めてサッカーの試合を見に行くことに。

イギリスといえばアーセナル。

パリで、サッカーの試合を友達とスポーツバーで見てからなまで見たいと思っていた矢先、

いきなり木曜の夕方、友達から連絡がきて、一緒に行くはずだった友達にお兄さが行かれなくなったのでチケットが余ってるからこないかとメールが!

その日は日本であった、マレーシア人の友達がロンドンにたまたま同時期にいて会う約束をしていたのだけど、キャンセルの連絡があったのだ。

YES!!!と速攻返信をして、ワクワクして会場へ。

試合会場に行く途中でフィッシュ&チップス屋さんで腹ごしらえ。

Fish and Chips. フライはこれでスモールサイズ。 

Fish and Chips. フライはこれでスモールサイズ。 

混んでいたので相席になったんだけど、

どういう関係かわからないけど、お爺ちゃんとそれよりちょっと若めの息子でもおかしくないおっさんが隣に座り、お爺ちゃんはミルクティー、おっさんは豆とソーセージ、チップス(これはフライドポテトじゃなくて、ポテト輪切りをあげたやつだった)を頼んだ。

お爺ちゃんが何も言わずに向かいに座るおじさんのチップスをちょこちょこつまみ食いするのがどことなく面白かった。

お爺ちゃんが先に席を立ち、じゃあねとおじさんに別れを告げ、その人の横を通り過ぎるときにまたチップスを4枚くらいお皿から勝手にとり、食べながら去って行った。

お腹も満たされたところでスタジアムへ。

野球のスタジアム並みに外観も大きくて、びっくり!

荷物チェックなど、セキュリティをクリアし、座席に向かい

階段を上ると、、、

アーセナルスタジアム 

アーセナルスタジアム 

試合に誘ってくれた友達と。 

試合に誘ってくれた友達と。 

想像以上に大きな眩しいくらい緑のフィールドが。

へーー!こんなに広かったんだ!


屋外のスタジアムだったので、座ってじーっと前半戦を見終えた頃には寒さMAX。

温かい飲み物を買いに行こうということで、

ホットチョコレートをゲットしに行った。

2.5ポンド(約360円)のホットチョコレートはまるで

若干チョコレートの味のついたお湯。笑

粉の入ったコップにお湯を入れるだけなので予想はしていたけど、

混ぜずに渡さされ、マドラーもない。

友達も今までで一番高くて不味いホットチョコレートだねと爆笑。

最後の最後、3口くらいにやっとホットチョコレートになった。


金曜日は Dalstonへ踊りに。

Degoっていうレジェンドが回すから踊りに行こう! と誘われ ロンドンのパーティがどんなのか気になり行くことにした。 

水曜の経験もあり みんな踊るんだろうとはわかっていたけど 

本当に自由。 流れていた音楽のジャンルも関係してると思うけど discoから Afro beats, house, techno houseなどなど 

みんなそれぞれ思い思いに体を動かしステップを踏んで 夜中の1:30すぎにもなるとフロアは埋めつくされ 暑い暑い。  

人種もアジア人から 日本人もいたし、黒人も白人おみんな好きな世に踊っていて ダンスフロアから アメリカとは違う自由なイギリスを感じた気がした。 

 3:30ごろにお腹が空きすぎて友達と歩いて3分くらいのケバブ屋さんへ。

ファラフェル。 4.5£ 

ファラフェル。 4.5£ 

友達が頼んでたチップス。 

友達が頼んでたチップス。 

食べながら 戻ると みんなお腹が空いていたらしく 外に出てきていて、みんなでシェア。  

そしてまたフロアに踊りに戻った。 

夜中の4、5時をまわっても ほかのパーティから流れてくる人人人! 

パーティも終わりに近づき 流れる音楽が最近の音になってきたので友達みんなで再度ケバブやさんへ。 

金曜の夜に レコードだけしか回さないパーティへ。 明け方まで踊り続けて 帰りにケバブ屋さんへ。実はこの夜2回目w  パーティ帰りの人たちで大にぎわいだったよ! 

金曜の夜に レコードだけしか回さないパーティへ。 明け方まで踊り続けて 帰りにケバブ屋さんへ。実はこの夜2回目w  パーティ帰りの人たちで大にぎわいだったよ! 

2回目に行った時に頼んだのはこれ!4.50£ 

2回目に行った時に頼んだのはこれ!4.50£ 

ケバブ屋さんで ゲラゲラ笑いながら30分くらいいたら もう6時で閉めるというので 駅まで歩いて 朝帰り。 久しぶりに心ゆくまで踊り倒して最高な夜! 

ケバブ屋さんで ゲラゲラ笑いながら30分くらいいたら もう6時で閉めるというので 駅まで歩いて 朝帰り。 久しぶりに心ゆくまで踊り倒して最高な夜! 

Thank you London!  

See you very soon ♥️ 

ヨーロッパ珍道中 Vol. 4 London pt.1

バスクからパリに戻ってからは、時間があっという間で

写真展は、

大盛況でした!と言いたいところだけど、そんなわけもなく、

知っている友達と開催場所の床屋さんのご近所さんが来てくれました。

ただ、写真のせいではないことはわかっていて

知り合いの数、場所、告知の時間など

色々な要因で、自分が思っていたものとは違うものだったけれど

次へのステップがはっきり、やって見ないとわからなかったことが

明らかになってまた来年、もしくは次の機会に向けて何が必要かはっきりした。

来てくれた人は、色々質問をしてくれたり、

フランスに住むカリビアン出身の人たちは、母国が恋しくなったと感想を直接伝えてくれたりして、

日本で展示するのとはまた違った反応があった。

パリでの展示を終えて間も無く、なんとなくロンドンへ。

ロンドンでの滞在も5日目。

パリはどこに行っても建物が全て高くて、なんか空が狭くて息苦しい感あったけど ロンドンは日本みたいに低めの建物がある場所もあって 圧迫感が少ない。 

久しぶりに英語圏というか英語発祥のやっと言語が通じる国に来て安心感。

街はすっかりクリスマスモード。

Oxford Circleなどはクリスマスの買い物と観光客で週末は渋谷、原宿のようにごっちゃごちゃで体力消耗!

今年の逗子映画祭で知り合ったロンドンで面白いことをしている友達の家に泊めてもらっている。

こっちについて、最寄駅に空港から来て駅で降りると同時にすごい生臭い! 海はそう簡単に近くないのになんで生臭い?!気のせいかと思ったけど 次の日駅まで歩く途中に魚屋があって納得。 

私の鼻は間違ってなかったようだ。

 

 

その街で何を撮りたいか、その場所に行くまで何も計画しないというあえての行き当たりばったり。風まかせに移動し、先々であった人や街を写真に収める。いわば即興。

ところでロンドンでのスイカはオイスターカードと呼ばれているんだけど、

1週間、2つのゾーンで乗り放題のカードは34ポンド。日本円にして5000円とちょっと高い、、、。

フランスより高い国に来てしまったのか?! 

空港で買ったオイスターカードは5ポンドのデポジット+30ポンド=35ポンド。

しかも二日半で使い切った。。 たかああーい。

しかも、空港で特に説明もされずゲットしたオイスターカードには、シーズナルチケットという週、月単位ではチャージできず、 

友達が余分に一枚持っていたカードで週単位の乗り放題シーズナルチケットをゲット。

このくらいは調べておけばどうにかなったよな、とか思いつつ、、、 

物価はそこそこ高いけど、チャイニーズはフランスより美味しいし、量も多い。

カリビアンやジャマイカンのレストランもあり、そこは安いし量も多い。

家から5分ほどの商店街みたいな通りにあるジャマイカ料理でげっとできるパティは、£1.50  駅に行くまでのお供。 ジャークチキン味がおススメ。

家から5分ほどの商店街みたいな通りにあるジャマイカ料理でげっとできるパティは、£1.50  駅に行くまでのお供。 ジャークチキン味がおススメ。

全ては安いところを知っているかどうか。

この街には、たくさんの人種と、カルチャーが詰まっていて

NYより濃い気がする。

ただ、Jamaicanが多いことで知られているBrixton、NYはブルックリンのクラウンハイツのように

白人が流れ込み、ひたすらiPhoneで写真を撮る観光客もいたりして、世界中どこでもジェントリフィケーションが進んでいるんだなと時代の流れを感じたり。

インスタなどのSNSの急激な普及で、どこに行ってもみんな同じような服を着ていたり、地域ごとのカルチャーが薄くなって一般化される現実を目の当たりにして、なんのために私たちは生きているんだろうと考えさせられたり。

旅をして、わかったのは、インスタから覗ける世界と実際の世界にはまだまだギャップがあること。

インスタで覗けるのは本当にほんの一部であって、世界はスマートフォンに全く収まるわけがなく、狭いようで実は広ーーーーいってこと。

だから旅をして手の平の中に見える世界とリアルな世界のギャップを埋めるために、旅をしているのかもしれない。

知った気になって実は全然知らない国、頭の中の間違った情報を上書きするために旅をしているんだと思う。

自分の足で歩いて見ないと、わからない真実を見つけに。

イギリスは食事が不味いというイメージしかなかったけど、

それは全くの誤解で、カリビアン料理やジャマイカンを知っていれば、

じゃがいもとソーセージだけの国ではないことが明らかになった。

誰がイギリスはじゃがいもとソーセージしかないなんて言い始めたんだろう?

その人がジャマイカ料理を知らなかっただけじゃないか?

しかも長くイギリスに根付くレゲエなどのカルチャーがあるわけだから、この人たちの料理は昔からずっとあったはず。 

しかも中華街もあるし、街にも中華料理屋はあるから、これも昔からあったはず。

全然美味しいご飯あるよ!!

ほぼ無知のまま来たロンドン。

旅をしながら地理や歴史の勉強をしている。

でも学校で、教科書を読まされるより、今実際に必要な情報だから頭には入るし、残る。

人間て、そういうもんだよね。 

ロンドンからは、ポルトガルーモロッコースペインー日本と目指して残る旅もあと一ヶ月ほど。

今日は朝からなんかモヤモヤしていて これから先の不安なのか なんなのかわからないけど とりあえず外に出ようと思い パリで撮りためてたフィルムを現像に出しに行き、そこから ビッグベンへ。 

London!! っていうベタな写真を撮りたくてやってきたものの絶賛工事中だった!      旅をしていると 色んな感情に直面する。 モヤモヤしているのが好きじゃないので モヤっとしたらその原因を突き止めに一人で街を歩く。   決まって行き着くのは、この私の勝手なきまぐれ珍道中で、泊まらせてくれたり一緒に時間を過ごしてくれたり、助けてくれたり、私の必要としている情報を教えてくれたり写真を撮らせてくれるいろんな旅先で出会う友達のお陰で今ここに自分がいるんだなってこと。    だから、こんなとこでモヤってないでどんどん前に進まなきゃっていうモチベーションに繋がる。   何か起きるまで待ってたらダメだ。 自分でチャンスを掴みに行かないと。          

London!! っていうベタな写真を撮りたくてやってきたものの絶賛工事中だった! 

 

旅をしていると 色んな感情に直面する。 モヤモヤしているのが好きじゃないので モヤっとしたらその原因を突き止めに一人で街を歩く。 

決まって行き着くのは、この私の勝手なきまぐれ珍道中で、泊まらせてくれたり一緒に時間を過ごしてくれたり、助けてくれたり、私の必要としている情報を教えてくれたり写真を撮らせてくれるいろんな旅先で出会う友達のお陰で今ここに自分がいるんだなってこと。  

だから、こんなとこでモヤってないでどんどん前に進まなきゃっていうモチベーションに繋がる。 

何か起きるまで待ってたらダメだ。 自分でチャンスを掴みに行かないと。 

 

 

 

 逗子、長柄に今年オープンしたdark arts coffeeの本家へ。 お店で豆をローストしている。

 逗子、長柄に今年オープンしたdark arts coffeeの本家へ。 お店で豆をローストしている。

ステッカーだらけのテーブルに大きなロースター 

ステッカーだらけのテーブルに大きなロースター 

去年の今頃NYでも見かけたな。 サンタの格好をして酔っ払う、酔っ払いサンタ達。 

去年の今頃NYでも見かけたな。 サンタの格好をして酔っ払う、酔っ払いサンタ達。 

偶然か必然か。

すっかり秋の匂いが溢れる季節になった。 

衣替えをする暇もなく 私の大好きな夏は去りまた8カ月先まで会えない 遠距離恋愛が始まった。 

 

写真展の準備と、波がある湘南でのサーフィンの日々が続きここ数週間曜日の感覚が鈍っている。

 

ちょうど1年前の今頃 私はインドにいた。 

今思い返すと、当時の私は、1年後に写真展を開くなんて想像もしていなかった。

しかし、全てはその時もうすでに始まっていた気がしてならない。

IMG_0129.JPG

 

私は直感を大切に日々生活している。  

思い立った日が吉日 と、いうようにふと受かんだアイデアは いきなり 降って湧いたわけではなく、アイデアが 私を選んでやってきている気がする。  

偶然ではなく必然なのだ。  

 

なぜ こんなことを書いているのかというと、 

1年前に 想像もしなかった写真展を開いていながら 自分がやってきたこと、やっていることの本質、目的は全く変わっていないからだ。 

昨日ふと気づいたことだった。 

 

今の世の中や、「常識」という一体誰がいつ決めたのかもわからない透明なルール に?を投げつける。そして自分で経験して答えを出す。

 日本の常識なんかが一切通じない海外へいって 常識ってなんだろうと思い始めたのが最初。

自分が育ってきた環境や知っている常識が世界共通 もしくは宇宙共通でないと経験した時、、

常識は存在しないのではないか 自分次第でどうにでもなるんじゃないかという大きな可能性を見つけた。

 

一方で、そんな問いを抱く暇もなく毎日 満員電車にゆられ 変わらない日々に流されている 日本の人たちに もっと生きているっていう感覚を身につけてほしい、 そんな誰が作ったかもわからない常識に支配されて 自分の人生を台無しにしないでほしい

そんなようなことを 訴えかけたいと思うのはずっと変わらない。

なんとも不思議な感覚だ。  

 

今に繋がる線を手繰り寄せ、元をたどってみると やはりダンスに繋がる。 

 以前にも書いた気がするが、

5歳で始めたバレエがなかったら 私は今ここにいないんだと思う。 

 

バレエを辞めても バレエに出会ったこと ダンスが大好きな自分 それが原動力となって海外に行った自分。 

 

今は、バレエとは一見かけ離れた生活をそているように見えるが 実は全て繋がっているのだ。  

 

1ヶ月の間に2回も割ったiPhoneも 必然と言い聞かして、また1年後も楽しみにしようと思う。